2007年01月05日

引越しします。

あけましておめでとうございます。

突然ですが、今年から当ブログは下記で続けることになりました。

http://ameblo.jp/kabayamajunky/

今まで、ここに載せた内容はほとんどそのまま移行したのですが
一部、カットされている記事もあります。
オリジナル(?)を読みたい方のために、永久的にここは残しておきたいと思います。

ブックマークやRSSなどを登録してくださっている方は、上記の移転先に変更していただくことをお勧めします。

たくさんの方にご覧になっていただいて、本当に嬉しく思っております。
これからも見捨てずにお付き合いくださいねー。

ではアメブロでお会いしませう♪
posted by 樺山かなり at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月31日

みなさんに多謝。

ことし1年、拙ブログにお付き合いいただきましてまことにありがとうございました。

ドラマの感想を書く、とは言ったものの大体が1月に1回のペースでした。
情けないですねえ(ノ_-;)

実は今でもこないだの映画の余韻を引きずっておりまして、ヤフーの映画コンテンツのレビューを読んでばかりいました。
いろんな感想持ってらっしゃる方とか、細かい情報に詳しい方もいらっしゃいまして1つ1つに対してツッコミを入れたくなる心境です。

引き続き来年も拙ブログをよろしくお願いいたします。

みなさんよいお年を! ちゃおー揺れるハート

posted by 樺山かなり at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月24日

タイトル、どうしましょうか…

すぐ下の「プレミアシートで…」を書くのに何日かかったことか(恥)
いろいろ感じることがありすぎて、収拾がつかなくなってしまったんです。
お願い許して。

PCに向かってボーッとしていることが多かったのも事実なのです。

あなたが、いけないのです>栗林中将・イーストウッド監督 ←いいかげんにしろっての

このブログ、2年以上も続けているわけですが、うーん、
MT→シーサーと引越ししてタイトルも1度か2度変えてるし
またタイトルも変えようかなあ…

飽きっぽい性格ですねえ、続けてる割には。
posted by 樺山かなり at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

プレミアシートで硫黄島。

注・このエントリーは文章を差し替えることがあります。
書きたいことがあっても長々時間が取れないもので…。すみませぬ。
ネタバレもあるのでご注意くださいませ。
数日前に書き足そうと思ったらシーサーさんがメンテナンスで何にも書けねえでやんの!!
あー、忘れちゃう忘れちゃう。

12.22 すんごい加筆しましたよーっ

fura_kuribotch.JPG
きのう、ついに観に行ってしまいました…「硫黄島からの手紙」。
しかもプレミアシートのいちばん後ろで…。
この写真は十数年前に出た「丸」の別冊の中身です。
あのね、硫黄島の死闘に関しては米軍の死者が日本軍の死者の数を上回ったとか、艦砲射撃で島の地形が変わったなどの予備知識は薄ら薄ら知っていました。
指揮官の栗林忠道中将のこととか。ふっふー。
栗林中将(戦死後に大将)は知米派で、アメリカとカナダに駐在した経験があります。
アメリカの生産力の大きさをじかに見ていた栗林は、「日本は大変な相手と戦争をした」とある幕僚に漏らしています。
関係ないですが、知米派つながりということでインパールで憤死した山内正文中将もやはりアメリカに駐在しており「アメリカの戦力を軽視するな」と何度も東京に伝えたのですが枢軸国につこうとする強硬派に疎まれてしまい中央のポストにつけなくなってしまったそうです。
海軍でも山本五十六や井上成美たちも(アメリカをよく知ってる系統)中央の重要な役職から追われることになります。
代わりに「米国恐るるに足らず」などと主張する渡米経験者、たとえば佐藤賢了などが実権を握るわけですよ。

あとは、忘れちゃいかん栗林が家族に送った手紙ね。
こんな本を持っているので、予習したくて読んでました。
絵心とボキャブラリーの豊富なこと! あっはっは〜。
なんかこう、栗林の手紙って生協の白石さんと同じ匂いを感じてしまうのはワタシだけか???

ともかく、謙さん、いや

くりばやしさん すごおい・・・←いいかげんにしろっ

すいませんねー、愛ルケの予告編まで観てしまったもんだからついこんなことを(´;ェ;`)
続きはシャレのわかる方だけOKってことで(笑) ネタバレありまっせ。
posted by 樺山かなり at 14:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 映像や番組とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

おかしいとは思っていたぜーっプラスアルファ

前回放送分(第48回)、高台院が千代に家康が将軍になったことを話しているシーンで
高台院役の浅野ゆう子さんの台詞が・・・

「うちのひとが死んで10年」

10年???

おい!! ちょっと待ってくれーっ!!!


秀吉が死んだのが慶長3年(1598)、10年後が慶長13年(1608)。
これでは千代のご主人の山内一豊はこの世にはいませんですよ。
家康が征夷大将軍になったのは慶長8年(1603)です。
なので、5年が正解。

私もビデオを見た途端おかしいぜとは思ってました。
オンエアのあと、視聴者からのクレームが殺到したらしく
製作者サイドからは「言い訳できない単純なミス」と陳謝していましたが。
歴史ものの作品を作る方としては、時代考証も大事ですが年数の方もちゃんとしてくれないと見る側はすぐにミステークを見破ってしまいますからね。
そこいら辺もちゃんと確認しておかないと。

最終回の感想は改めて書きます。
やっぱり夫婦愛の極致と時代の変化を感じずにはいられない回でした。
posted by 樺山かなり at 11:57| Comment(1) | TrackBack(0) | memo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

#48 功名の果て …図星であろう

もう箇条書きでいくぞ。
先日の学校の授業のせいで、小学生のチビが一緒に見だしてました。

・「双六のように出世を楽しんでいた」千代。
じゃあ、「人生ゲーム 功名が辻」を商品化しましょうか? タ×ラさーん(笑)
・千代が暇乞いをするところで前回を終えたが、まだ変わり果てた姿の新一郎を囲んで葬儀の話をしようとしているのか? あれー
・家康に二心はないことを主張するだけして、寝転がってる黒田如水がいいぞ〜。
・その家康が見る人全員「みな狸に見える」と門倉(じゃないよ)如水と顔を見合わせたかと思えば
死後、遺骸を西に向けよと命令。超危険人物如水(あご)が「憎い!」
・西田家康って、あんなに福耳なんスか〜?
・すっかり耳が遠くなってしまった新右衛門。「おんな…なんじゃ?」
・主人の急病で駆けつけた千代に、それがウソであることを明かした一豊。
ついでに騙された拾あらため湘南もかわいそうだよー。
・ウソでした、と大人の事情を説明して「これからは慈悲深いまつりごとをする」と千代に誓う一豊。妻には逆らえないな〜。
・一豊は正直者なので、扱いやすいと睨んだ家康は千代を「才女」だとほめていた。そして跡継ぎの結婚相手の話は千代の入れ知恵だと踏んだ家康。「図星であろう」←これには笑ったぜ。
・高台院に跡継ぎの結婚相手を家康にあっせんすることを話す千代。
高台院の返事が「聡いのぉ〜」浅野さんのねね、いいです。
最初のときからあんまり変わってなーい。
・回想シーンの新婚のときの夫婦。うわあ、すげえウブ…つうーかウブにも程があるぜ〜。

次回はいよいよ最終回です。大坂の陣から家康の死までカバーするんだあ。

あー、硫黄島の映画観たいよー ←ちょっと切実
posted by 樺山かなり at 16:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 大河なエントリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月29日

結局・・・

掛川城探検には行けませんでした。

昨日、体をこわしてしまって病院で点滴をもらってきたのでだめでした。
代わりに娘が葛湯を買ってきたらしい。
posted by 樺山かなり at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ほんの小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

役割を終えたのか。#47「種崎浜の悲劇」

この回の内容は、昔みなもと太郎の「風雲児たち」で読んだことがあります。
山内夫妻の存在もこの漫画で知ったので一豊は恐妻家だと思い続けてました。とほほーい。

でもあの漫画の章のタイトル「土佐の惨劇」のとおり、初めて読んだワタシは衝撃を受けたもんです。
角力(相撲ですよ)大会を開くと偽って長曽我部家の家臣をだまし討ちしてしまうわけですが
ここに至るまで山内家が土佐を抑えるための苦労が現れてましたよ…。
それだけ残された長曽我部家の家臣(半士半農だから、戦国時代の名残りがあると思う。いわゆる一領具足)の土地に対する執着や愛着が大きいんですよ。それに排他的な部分とかもあったんでしょうな。

ちなみに残された長曽我部家の家臣は郷士という身分を与えられてその子孫が坂本龍馬なんかが出てくる。で、山内家どころか日本を動かしてんですけど…。

浦戸の造反を鎮めたあと、役割を終えたかのように自死してしまった六平太。
最後の最後まで、千代のことを想いつつ結局は陰で山内家を一国一城の主にさせることに尽力しなければならなかった、そうするしかなかったんだろーなー。

このドラマも残すところあと2回ですな。
posted by 樺山かなり at 15:53| Comment(0) | TrackBack(1) | 大河なエントリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実はちょっと

すでに月刊化してきましたこのブログ。でも何とか生きてます。
引越ししようかなあー・・・←飽きっぽいんですなワタシ。

実はあした、上のチビの学校の授業で掛川城周辺を散策することになりまして…。
最初は乗り気ではなかったんですがムスメに「行く?」と訊かれそのままOKすることに…。

陽の出ている間、外に行ってくると思います。


posted by 樺山かなり at 14:37| Comment(1) | TrackBack(0) | ほんの小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

また懲りずに(笑) #43「決戦へ」

2006_1029200506170010168.JPG
足昨日も掛川城に行ってきました。
いや、いずれはひとりで行こうかなーとも思っていたのが
上のチビが学校の生活の授業で掛川城に行くからちょっと見に行きたいなーんてことを言っていたのでさっそく2度目のお城めぐりをしてきました。

また写真撮影しまくりました。
今度はものがいいデジカメなので写りはいいですよ。



今日の大河は関ヶ原の前哨戦でした。
一豊が自分の城や領地を家康に差し出しますって言ったのは
堀尾吉晴のアイデアだったのですね。
一緒に居た堀尾の息子がなかなか言いだせなかったもんだから代わりに自分が言ってやろうという気になったのでは。
あとで掛川城近くにいる家臣たちを奮起させるシーンでは成長を感じましたな。
それにしても助平って名前の家臣ってば・・・。

そんなことより福島正則がキレちゃってんですけど。
ビジュアルな兜をかぶったいい大人がケンカしてどーすんの。
もしここに高田平八郎がいたらエライことになってたぜ(笑)
後の大名の処遇を考えて逆算してみたらこういうところを家康は良く見ていますね。

このドラマも43回ということは、あと1ヶ月半でおしまいなんですか。
時の経つのがすごく早いですな。
posted by 樺山かなり at 00:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 大河なエントリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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